ガイドヘルパー?
先ほど、手話サークルから帰ってきました。
そのサークルで、帰りがけにあるメンバーに話しかけられました。
「この間、郵便局で盲の方のガイドなさってたでしょ?」
わーハズカシー見られてたんだ。
そんな大したことしたわけじゃないんですけれど。
自分としては、ごくごく、当たり前のフツーなことをしただけだと思ってるんですけれど。
仕事へ行く前のわずかな時間。
定形外の郵便物を出すために郵便局に寄ったのです。
郵便窓口の前で並んでいると、横の方からおぼつかない足取りの男性が歩み寄ってきました。
カウンターの上の案内表示(「郵便」とか「貯金」とか)を一生懸命見上げているようでしたが、片足はしっかりと点字ブロックを踏みしめながら歩いていました。
自分がその点字ブロックの上に立っているのに気付いて、慌ててどきました。その方はまるで気付かないようにそのまま私の前を素通り。
危なっかしいなー、誰か助けてあげないかなー、とか思いながら、最初は見ていただけでした。
自分の郵便物を出した後。
振り返ってみたら、案の定、その方は立ちつくしていました。
しょうがないなー。私がその方に声をかけることに。
「お困りですか?」
「振り込みをしたいんだけど」
「振り込みなら、あっちですね。見えますか?」
「いやー全然見えないんで」
一生懸命見上げてたから少しでも見えるのかと思ってたら、たぶん、かすかに光を感じる程度だったんでしょうね。
でもそれじゃ字の違いなんて分かんないでしょそりゃ。
ということで、その人の手を取って、貯金とか簡保とかを扱っている窓口まで誘導。
番号札を取らなきゃならないけれど、その人には無理だから、私が変わりに取って。
「**番、って書いてありますから、その番号が呼ばれたら、今体の向いている方向、まっすぐ行ったところにある窓口で、係の人にお願いしてください」
とその人に言って、続いて窓口の方へ。
「この方、目が不自由なので、この番号になったら誘導してあげてください」
そう言って再びその男性の所に戻り。
「じゃ、ここで待っててくださいね」
そう言い残して、私はその場を去ってしまったのです。
その、窓口まで誘導するところから先を、そのサークルのメンバーの方は全て見ていらっしゃったそうなのです。
一通りキリのいいところまで終わったら声をかけようと思ってたら、そそくさと出て行っちゃって「あらま」と思ったそうで(笑)
なおその後、その盲の方がなかなか呼ばれなかったので、そのメンバーの方がその方に声をかけて、となりに腰掛けていただいていたそうです。
で。そのメンバーの方曰く。
「ガイドヘルパーの仕事してらっしゃるのかと思った」と。
ちなみにその方は、手話通訳士(だか市の手話通訳者だか)の資格を有していらっしゃる方。元々福祉にはお詳しいわけです。
ガイドヘルパー、って言葉くらいは私も知っていますけれど、そんなのほとんど意識したこともない、ちょっと手話をかじっていてちょっと福祉に興味がある程度の一般人ですよ、私は。
「いやでも、すっとそういうことができるってすばらしいと思った」
って言われるモンですから、私はフツーにこう答えました。
「いや、別にすっと自然に」
上にいきさつを書いているから分かるとおり、私は自分の用事を済ませた上でガイドをしただけ。
別に自分のことを後回しにしてまでとか、そこまではしていないわけですし。
それにその後仕事に行かなければならなかったので、「もう大丈夫かな」と思えるところまでのガイドで、後はそそくさと仕事に向かっちゃったし。
(ちなみにその日は結局遅刻しました(笑))
「でも『自分のできるところまでやる』それでいいんですよ」
とは、その人の言。
「ボランティアったって、何から何まで全てやってあげなきゃいけないわけじゃないし、みんなが『自分のできること』をちょっとずつやる、それで充分回っていくモノなんだから」
うんうん。
その話に、すごく納得。
私は別に、特別なことをしたとは思っていません。
気になったから声をかけた。その人があとは自分自身で目的を達せられるような所まで手伝ってあげた。
それだけ。
細い道を歩いていて、向こうから車が来たら、民家の門や車庫があればその中に一時的に入って、車を先に通してあげる。なければそういう待避できる場所があるところまで歩いて戻ればいい。
それと同じ感覚で、ごくごく当たり前の、本当にフツーなことをしただけ。
私は、そう思っていたわけです。
だから、あの日のことを特に気にもとめていなかったし、このブログにも書かなかった。
その「当たり前」なことが、できない人が多い、ってことなんですね。
できないんじゃなくて、もしかしたら「はずかしいからしたくない」あるいは「めんどくさいからやらない」のかもしれませんけれども。
ちょっと見る範囲を拡げるだけ。
ちょっと自分以外のことに気を配るだけ。
それだけでいいんですよ。
ボランティアは自己犠牲ではないのですから。
ほんのちょっとした「思いやり」で生まれるモノなのですから。
ちなみに。
手話で「ボランティア」は、人差し指と中指を足に見立てて、両手で前に歩くように動かしながら互いに寄せていく、という風に表します。
つまり、「歩み寄る」っていう意味ですね。
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